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”かの炎をもって命を奪わん”におけるある数字についての考察

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Stars are Right!

 みなさま,ご無沙汰しております。彼方です。
 今回は趣を変えて,クトゥルフ神話TRPGの話をしたいと思います。
 2018年に翻訳が発売されたシナリオ集,「星辰正しき刻」に掲載されている”かの炎をもって命を奪わん”についてです。

 サンフランシスコにおいて探索者が火災に関係する神話的事象に巻き込まれていくシナリオで,アクション性も高く,映画のワンシーンに参加しているかのような雰囲気のシナリオです。おそらく「星辰正しき刻」で一番人気のあるシナリオですね。
 発売からすでに2年近く経ちますが,未だにそこそこ回されていることからも,このシナリオの人気が伺えるでしょう。

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 さて,最近私はこのシナリオの動画を見させていただく機会があったのですが,そのとき,PLに「なんでだよwww」と言われているパートを耳にしました。そこにはKPさんの解説もありませんでした。というか,シナリオに書いてある以上のことをKPが解説しろといってもできるわけがありません。
 とはいえ,それは知っていると「ニヤリ」とできるパートでもあるので,知らないのはもったいないと思うのです。

 と,いうことで,今回はシナリオに登場するある「数字」の解説です。
 以降,思いっきりネタバレを含みます。

ハードマン邸の金庫

 シナリオ中盤,クライマックス前に訪れることが多いであろう場所,ハードマン邸。
 玄関のないマップ,謎のヤバさMAX少女,”料理を焦がす”技能を持っておりシナリオには一切登場しない妻,LSDをキメたモネ,などパワーとツッコミどころしかないお家ですが,シナリオ上重要なのは書斎にある金庫です。
 そこにはパスワードがかかっており,ある数字がわからないと開かないようになっています。そしてシナリオ上,その数字は一切出てきません(!!!)いわゆる脳内当てというやつですね。まあ本来はそこもツッコむべきなのでしょうが,ひとまず置いておきましょう。
 金庫のパスワードは "451" になっています。シナリオには(華氏451度は紙の燃える温度)と注釈があります。なんで紙の燃える温度がパスワードになるんじゃ! 実際,他のかたの反応を見ても,そうなっていることが多いように見えます。
 実は,この数字は,とあるSF小説から来ているのです。

華氏451

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華氏451度〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) | レイ・ブラッドベリ, 伊藤典夫 |本 | 通販 | Amazon

 華氏451度──この温度で書物の紙は引火し、そして燃える。451と刻印されたヘルメットをかぶり、昇火器の炎で隠匿されていた書物を焼き尽くす男たち。モンターグも自らの仕事に誇りを持つ、そうした昇火士(ファイアマン)のひとりだった。だがある晩、風変わりな少女とであってから、彼の人生は劇的に変わってゆく……

あらすじより

 華氏451度 (Fahrenheit 451) はレイ・ブラッドベリ氏によるSF小説で,本や書物を持つことを禁止された世界を舞台にしています。一般的にはディストピアと呼ばれるような場所ですね。周りには情報が溢れかえっており,それを享受することによって,人々は考えることを忘れ,平和に暮らしています。その中で,主人公である「ガイ・モンターグ」が本を愛する少女と出会い,変化していく話です。「自分の頭で考える」ことの重要性を謳った名作です。

 1953年に書かれた小説で,1966年に映画化もされています。私はそちらは観ていませんが,評判は悪くないようです。

なぜ451なのか

 この華氏451度が名作なのは疑いようもない事実ですが,なぜハードマンのパスワードをそれに設定したのでしょうか?
 おそらく「作者はそこまで考えてないと思うよ」事案だとは思うのですが,せっかくなのでもっともだと思える理由をいくつか考えてみましょう。

1. ファイアマンのダブルミーニングがぴったりである

 英語でファイアマン(fireman)とは消防士のことです(現在では男女平等の観点からfirefighterと呼ばれています。実際その言い方もカッコいい)。しかし「華氏451度」の世界では,本を燃やす職業(訳者によって訳は違うようですが,昇火士や焚書士などをしているようです)をファイアマンと読んでいます。火を消すものではなく,火を付けるものがファイアマンなのです。
 対するハードマンはどうでしょう。彼はファイアマンであり,表向きは有名な消防士です。しかし裏の顔は,火を崇拝し,広めるクトゥグァのカルトの大神官です。そう,彼もファイアマンでありながら,燃やすほうの役割を持っているのです。ぴったりではありませんか!

2. レイ・ブラッドベリカルフォルニアが誇る作家である

 とはいってもブラッドベリロスアンゼルスの作家であり,サンフランシスコではありません。そして,ロスアンゼルスとサンフランシスコでは文化が全然違います。しかしそれでも,カルフォルニアが誇る著名な作家であることには変わりないでしょう。そんな彼の名作を,カルフォルニアが舞台のシナリオで出したい! という気持ちはわからなくもないです。でも脳内当てはだめだと思うの。

3. ハードマンは啓蒙者である

 「華氏451度」の主人公は,本をもやし,無くす側から,本を守り,そして本から得られる教えを広める人間へと話を通じて変化していきます。対してハードマンはどうでしょうか。彼は,もともとは勤勉な消防士,火を消す役目を負っていました。しかし今はどうでしょう。火を崇拝し,その教えを広める役目を負っているのです! (その歪み方がカルティストとして)ぴったりだと思いませんか!? もしかしたら,ハードマンは主人公であるガイ・モンターグに,(はた迷惑で間違っている)感情移入をしているのかもしれません(あくまでこのブログの執筆者の妄想です)。

 私個人は1と2のあわせ技だと思っています。

 

アメリカ人はこれを知っているのか

 さて,冒頭に私はこの451について,脳内当てである。というように書きました。ということは,アメリカ人は全員これを知っているのでしょうか?
 私個人の感想としては,控えめに考えても "No" だと思います。確かに私は451と言われてすぐに思いつきましたが,それは私が過去にカルフォルニアにいたことがあるからであり,かつ本が好きだったからです。カルフォルニアではなく,別の州にいたらたぶん知らなかったでしょう。アメリカ本国でD&DではなくCoCをやるような人ならわかる,という可能性も否定はできませんが,だとしても脳内当てにしてわかるような数字ではないです。わかるわけねえよ! はおそらく本国のプレイヤーも同じである,と個人的には思っています。

最後に

 再度書きますが,シナリオには摂氏だと何度であるか,と「紙の燃える温度」としか記されていません。これは決して間違いではないです。たぶん英語のほうのシナリオもそうとしか書かれていないのでしょう。しかし,これでは不十分であると言えます。「華氏451度という小説に由来している」ということをきちんと書かないと,日本人のプレイヤー,そしてキーパーにはわからないです(まあアメリカ人もわからないと思うので作者が悪いという意見も同意します)。このシナリオに関して,こんなツイートを見かけました。

 他のシナリオでは,13が忌み数であることを注釈せずに,ビルに13階があることに違和感がある,ということを書いていました。翻訳が大変なのは重々承知していますが,公式から出版する以上,ある程度アメリカの文化に関しては注釈がほしいな,と私も思いました。特に「星辰正しき刻」は90年代アメリカの文化と密接に結びついたシナリオが多く,良い注釈は回しやすさ,そしてシナリオの体験をより豊かにすると考えられます。
 今後,「星辰正しき刻」のように本国のシナリオが翻訳されて出版されることに期待しています(これは本当です!)が,その際はもう少し,翻訳に文化に関する注釈を入れてほしいな,と切に願います。

 この,451が実は小説(または映画)から来てるんだ! という内容は,まあシナリオをクリアする上では些細な情報ではありますが,知っていると味の出る内容だと思います。キーパーをやられる皆様は,ぜひ書籍のURLをはっつけて,うんちくを語ってはいかがでしょうか。